« 2005年6月20日(月) 川の合流地点を目指して | トップページ | 2005年6月21日(火) 体内時計が狂ったままだ »

2005.06.21

重い記憶

 朝から営業で兵庫県の川西に直行。集合コンサルティングの
クライアントさん候補を回る日々が続く。今週は営業の週だ。
阪急の宝塚線はこれまでもほとんど使用したことがなかったので
時間がどれくらいかかるのかわからなかったので、集合時間
よりだいぶ早く川西能勢口に到着。そこからお客さんのところに
行き、お客さんの抱える問題点のヒアリングと、工場の見学を
させてもらって、帰りはJR福知山線の川西池田駅から帰った。

 もちろんこのJR福知山線は例の悲惨な列車事故のあった線。
一昨日19日から運転を再開していた。ちょうど尼崎方面へと
電車に乗ったので事故のあった列車と同じ方向である。
 この線を利用したことはほとんどない。例のカーブに差し掛
かったとき、そこは確かに自己の爪あとが残ったままだった。
数多くの花が供えられた献花台、白いビニールシートで覆わ
れたマンションの1階などなどが普通に列車から見える。車内
アナウンスからは車掌のねえちゃんの、事故により不通になって
いたことに対するお詫びの言葉が無機質に流れてくる。こうやって
非日常の中で傍観者として通過する事故現場でさえ、なんだか
非常に重く感じるのだが、亡くなった人たちの関係者の方は
もとより、ここを毎日通らなければならない人たちの心に刻まれた
記憶はあまりにも深くて重い。どこか遠くの国で行われている
戦争も、近くて遠い事故現場も、結局はブラウン管を通して、
しかもその一端しか感じることは出来ない。そしていつしか時は
流れ、時間とともにその記憶は風化してしまうのだろうか。
人間は忘れるために生きているというが、忘れてはいけないこと
が確実にそこにはあると思う。

|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/51294/4652618

この記事へのトラックバック一覧です: 重い記憶:

コメント

コメントを書く